研究内容

 

**************************************************************************************************** 

メイオファウナって何?

私たちの研究室は,メイオファウナを研究対象としています.

 底生生物(ベントス)は,体の大きさによっていくつかのグループに分かれますが,体のサイズが0.031mmから1mmのものをメイオファウナと呼びます.メイオファウナには,有孔虫などの単細胞動物のほか,線虫類(nematodes),ソコミジンコ類(harpacticoids),多毛類(polychaetes),貝形虫類(ostracods)などの最小サイズの多細胞動物が含まれています.

 メイオファウナは(人から見ると)非常に小さい生き物です.しかし,小さいといって侮るなかれ,一見「目に見える生物が何もいない」砂浜や干潟でも,その堆積物中には1m2当たり数百万匹ものメイオファウナが存在し,総重量で大型底生動物を凌駕する場合もあるのです.また,小さい生物は一般に世代交代時間が短く,メイオファウナの回転率は大型底生動物の210倍あります.

 つまり,干潟や砂浜における物質循環や総生産を考える上では,彼らの存在は決して「小さく」ないのです.

 

深海底のメイオファウナ.スケールバーは0.1mm.見やすくするため染色されているが,実際の体色は無色透明

 

________________________________________________________________________________________

最近の研究テーマ

 

****************************************************************************************************  

大型生物の環境改変能力が,干潟のメイオファウナ群集に与える影響

 大きな河口や内湾に発達する干潟は,アサリなどの有用生物の苗床であると同時に,堆積した有機物を分解する浄化槽としての生態系サービスを人類に提供します.

干潟には,サンゴ礁などの複雑な構造物は存在せず,一面の泥砂漠のように見えますが,視線を足元に落としてよく見れば,そこには,無数の大形底生生物(マクロファウナ)の巣穴が存在するはずです.

 これらマクロファウナの巣穴が,一様な平面構造の広がる干潟に三次元的な厚みを与え,酸素を泥の奥まで行き渡らせる「毛細血管」の役割を果たし,より小型の生物たちに微細生息場所を提供しているという報告があります.しかしながら,微小生息環境の何が特定の種を魅了するのか,その要因に関する知見は乏しいのが現状なのです.

 そこで私たちは,

1.マクロファウナの巣穴形成による環境改変能力が,環境パラメーターの微小空間変異とメイオファウナの群集構造に与える影響

2.その影響の,様々な時空間スケール(季節,cmmkm)における異質性と普遍性

に関する研究を進めています.

 

ゴカイの巣穴と主なメイオファウナの分布.メイオファウナ各種(ピンク色)のサイズは誇張されており,分布中心は矢印で示されている.K..ライゼ「干潟の実験生態学」の図を元に嶋永が作成.

具体的な研究課題

スナガニ類の巣穴がメイオファウナに与える助長効果について」

熊本大学沿岸域センター講演会要旨集の中で,言及されています.

****************************************************************************************************

熱水噴出域のメイオファウナ群集の構造解析

「熱水噴出域固有のメイオファウナはいるのか?」

1976年以降,深海底から噴出する熱水や冷湧水に含まれる還元的な物質を用いた化学合成を起点とする特異な群集が発見されて以来,これらの生態系にすむ大型底生動物相が周辺の動物相と大きく異なること,一方で遠く離れた化学合成生態系間で,類似した生物が生息していることなどが分かってきました.一方,メイオファウナでは化学合成生態系の分類群は,離れた生息地間での類似性が低く,むしろ周辺の化学合成物質の影響を受けない海底の分類群と類似していることが示唆されていますが,知見が乏しいのが現状です.はたして,熱水噴出域固有のメイオファウナが存在するのか?…私たちはこの謎の解明に取り組んでいます.

 

具体的な研究課題

「明神海丘におけるメイオファウナの群集構造解析」

2010年度,瀬戸口 友佳さんの卒業論文

 

****************************************************************************************************

深海性ソコミジンコ類の時空間変異とその制限要因

「時空間的に環境変化に乏しいと思われていた深海底において、種の多様性が高いのは何故か?」

1960年代以降、深海底生生物の局所スケール (この生物群の場合10m2以下) における種多様性が浅海に比べて高い事が分かってきましたが、干潟同様,時空間的に環境が一様に見える深海底において,高い多様性が維持されるプロセスについては、幾つか仮説が立てられているものの、それらを支持・否定する観測・検証は未だ十分されているとは言えない状態です.したがって,このプロセスを解明する事は海洋生物学の重要な課題の1つになっています。

私たちは,深海底生態系において重要な役割を果たしているメイオファウナに注目し,さまざまな空間スケール (cmkm)における彼らの群集構造・種多様性のパターンを解析し、これらと環境要因の空間変異との比較から、深海底において種の多様性が維持されるプロセスを解明しようとしています。

 

 深海1400mの深海底の様子深海底にはサンゴ礁のような複雑な構造物は存在せず,一面の“泥畑”であることが分かる.

 

具体的な研究課題

「南西諸島海溝周辺域及び千島海溝周辺域におけるソコミジンコ類群集の空間変異」

2007年度,北橋 倫君の卒業論文

「海溝周辺域におけるソコミジンコ類群集の空間変異」

2009年度,北橋 倫君の修士論文

関連する発表論文,(22)

 

「相模湾ソコミジンコ群集の多様性,群集構造,繁殖活性の時空間変異」

関連する発表論文,(10), (12), (18), (19)

 

「海溝周辺のメイオファウナ群集の空間変異と環境要因の関連性」

関連する発表論文,(21)

****************************************************************************************************

イソトゲクマムシの生態

  緩歩動物Tardigradeはその格好や,ゆっくりとした歩きぶりによって,クマムシと呼ばれている小さい動物群です.小さいゆえに目立たない生物ですが,クマムシはいくつかの興味深い特徴をもつものがいることが知られています.その一つがクリプトビオシスです.クリプトビオシスとは,自由水の喪失からなる,代謝の可逆的で一時的な停止によって特徴づけられる,無活動状態のことを指します.陸生クマムシには一般的に観察されますが,海産クマムシの場合,クリプトビオシスを行うと報告されているのは今のところ,Archechiniscus marciという種と,イソトゲクマムシEchiniscoides sigismundiだけです.

 イソトゲクマムシは異クマムシ綱トゲクマムシ目イソトゲクマムシ科に属し,体長約0.2mm,その4対の脚それぞれに511個の爪(たいてい8個)を持ち,主としてフジツボの殻の隙間などに付着して生活しています.

 イソトゲクマムシは,日本を含めた世界各地の潮間帯に普遍的に生息していると思われている種ですが,長期観測で得られた定量的なデータに基づく生態学的な知見が極めて乏しい,というのが現状です.潮汐による干出と波浪への露出が頻繁に起きる,潮間帯という,海産生物にとっては苛酷な環境に生きるイソトゲクマムシの個体群動態や生活史,日本における分布パターンなどを研究すれば,汎世界的な分布を持つ本種の生態の普遍性と特異性が明らかになると期待されます.

 

イソトゲクマムシ.天草諸島のシロスジフジツボに付着していた.

具体的な研究課題

「転石潮間帯におけるイソトゲクマムシの垂直分布とその制限要素」

2008年度,木野田 絢子さんの卒業論文

 

****************************************************************************************************

ダムが河口域の底生生物群集に与える影響

  現在日本全国には,大小含めて約3000弱ものダムがあります(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/).洪水調節などの治水目的や,発電や上水道整備などの利水目的など,ダムの持つ社会的役割は重要です.しかし,ダム建設,及びダムによる河川水調節は,ダム下流域や沿岸海域の環境への影響が予想され,また,水位調節のために行われる放水は,ダム下流域および河口沿岸域への淡水流入の急激な増加を招き,沿岸域の水中および海底の海洋環境に深刻な影響を及ぼしているという考えもあります. 

   平成1921年にかけて,ダム放水インパクトが河口域の底生生物に与える影響に関する研究が,京都大学の白山義久教授を中心に,和歌山県の古座川水系で行われることになりました.古座川は,和歌山県紀伊半島南部を流れる二級河川で,河口は串本湾に位置し,本流の上流域に治水目的の七川ダムが存在します.七川ダムは,年二回以上,梅雨末期や台風接近時に大規模な放水を行っています.この大規模な放水というイベントが海洋環境に及ぼす影響に注目した上記の研究では,①センサーによる古座川水系と串本湾の水質の常時モニタリングによる濁度や塩分濃度の測定,②串本湾の水質状況と底生生物の季節ごとのベースライン調査,③串本湾の水質状況と底生生物の七川ダム放水直後の機動的調査の三つに加え,④分子生物学的な手法を用いて底生生物群集の解析を行う新たな技術の開発を目指しています.

 私たちも,上記の研究の一部を担っており,古座川河口域のメイオファウナ群集の個体数・生物量・組成などの時間変動の解析を行っています.

 

古座川河口域におけるメイオファウナの採集

具体的な研究課題

「七川ダムの放水が河口域メイオファウナ群集に与える影響について」

2008年度,近藤 誠君の卒業論文