アローン・イン・ディ・エアポート 初めに *この文章は,海外で飛行機の乗り継ぎに失敗した際に,私自身に知識と語学能力が不足していたためと,航空会社のサービスが必ずしも十分でなかったために,えらい目にあった私の体験談をもとにしています. *直接研究に関係ない内容ですが,海外の学会に発表しに行ったり,あるいはサンプルを採集しに行ったりする際に起こりうるケースとして,海外渡航に慣れていない方たちに参考にしてもらえばと思い書きました. *この文章は嶋永の記憶を元に書いています.記憶違い,誤解,聞き取り能力不足のせいで,登場人物の会話の内容が,必ずしも正確でない可能性があることをご了承ください.なお,特定の団体・個人に不利益にならないよう,それらの具体的な名称は伏せてあります. *私が狼狽していた様子に臨場感を出すために,本文中ではあえて感情的な表現を使っています. *後日談において,「実際にはどうすべきだったか」を示す予定です.また,文章中で青文字で示してある箇所は,私が相手の会話内容を誤解していたことが明らかな箇所です.正確な情報についても,後日談で示したいと思います.
*********************************************** 2007年9月29日,フィリピンのマニラで,僕は初めて,飛行機に乗り遅れる経験をした.A航空のイロイロ発マニラ行き飛行機の出発が2時間遅れたため,B航空のマニラ発名古屋行き便に,乗り継ぎ失敗したのだ. 18回目の海外旅行にして,初めての体験だった. なぜ僕がフィリピンのイロイロ市に行ったかというと,2007年9月26日から28日まで,イロイロのフィリピン大学の分校で開かれた,日本のある団体が主催した海産生物の分類を学ぶためのワークショップに参加するためであった. そこで僕は,東南アジアの国の方たちにソコミジンコ類の分類の仕方を教えてきた.その年の4月ごろ,最初にオーガナイザーのS先生から講師の依頼がきた時は「僕ごときが講師なんてしていいの?」と思ったが,やってみたら結構いい反響を得ることができた.3日間の講義は無事終わり, 「やあ,フィリピンは楽しかったなあ」 で終わるはずだった最後に味噌がついたのだ.
・・・飛行機が到着しないイロイロ航空での二時間,何もしなかったわけではない. ワークショップの参加者で,同じ便に乗る予定の人たちは,搭乗口前のカウンターに立っている係りの人たちに,自分たちの遅延を,乗り継ぎ先の航空会社に伝えてほしいと口ぐちに伝えた. 僕も自分の飛行機の出発時間を告げた.すると 「インポッシブル」 と言われた.つまり,間に合わないということらしい. 不安を抱えたまま,それでもどこかに「何とかなるのでは」という根拠のない期待を抱きながら,僕は,ようやく準備の整った飛行機に乗り込んだ.
マニラ空港の国内線用のターミナルに降り立ち,一緒に参加した日本やほかの国の人たちは足早に手荷物受取所に向かう. 1時30分発の僕の飛行機はすでに飛び立っていたけど,彼らの乗継時間もギリギリだったのだ. 手荷物受取所に着くとすぐ,僕は受取所に設置されていたA航空の受付に近づいて 「飛行機が遅れたので,乗り継ぎ機をミスした」 と伝えた. 乗継便の便名を示すと,彼女が電話をかけ始める. 「荷物を受け取ってきて」 と言われたので,荷物の回転している場所に移動した. 荷物を待っていると,さっきの彼女が近付いてきて,何か言った. この部分は,ホテルの中で記憶を起こしながら書いているので,この時彼女がなんと言ったのか,正確には覚えていない.「連絡をとった」と言っていたのかもしれない.しかし最後のフレーズはハッキリ聴きとれた. 「シャトルバスの方へ」 荷物を受け取ってすぐにシャトルバスに駆け込む. 他の人たちは,すでに乗り込んでいた. みな,深刻な面持ちだ.彼らも残り時間が数十分しか残っていないのだ. 彼らは国際線専用のターミナルでバスを降り,僕だけが別のターミナルに向かった.B航空の利用者は,僕だけだったのだ. B航空専用のターミナルに着くやいなや,僕はB航空のサービスセンターに向かった. 「私は自分のフライトをミスした.なぜなら最初のフライトが遅れたから,チケットを交換できますか?」 みたいなことを受付の人に言ってみた. すると 「rebookですか?」 と彼女. (Rebook? ああ,re(再び)book(予約)ね) 予約=reserveという単語になじんでいる僕の脳が,一瞬コンピュータでいう「ビジー状態」になった. ちなみに僕は,(日本の中では)英語がしゃべれる方だと自信を持っていた. 飛行機やホテルのチェックインなど,海外渡航の基本会話には困らなかったし,学会などで会った研究者同士ではそれなりに会話が楽しめた.だからこそ,今回の外国での講義の講師依頼も引き受けたのだ. でも,僕の脳は,mandible(大顎)とか,ヴェルキンゲトリクスとか,一般にはなじみがない専門用語やガリヤ人の王様の名前はすぐ出てくるくせに,book(予約)というものすごく基本的な単語に2年ぶりくらいに会って,一瞬戸惑ってしまったのだ.
さて,サービスセンターで再予約用の書類を書いてもらい,それを手渡される時,係りの人が 「****」 と言った. 「え,なんですか?」 NHK英会話を聴く日頃の鍛錬もむなしく,僕は肝心な所をよく聞き取れなかった.僕の能力不足もあるが,フィリピンの人の発音に慣れていないせいもあった. 「****,over there」 彼女が指す方向には,チェックインカウンターが並んでいる 「向こう(over there)ですね?」 「yes, over there」 ここで僕はミスをしていた. 「(B航空の)チケットセンターticket centerへ行け」 と言われたのに,チェクインカウンターに並んでしまい,時間のロスをしてしまったのだ. カウンターの人に指摘されて,ようやく気が付き,チェックインカウンターの向こう(over there),建物の外にあったチケットセンターにいき,順番待ち用のカードをもらって,1時間ほど待つ.
午後3時頃,ようやく僕の番がきた. 係りの人に,先ほど書いてもらった書類を渡して事情を話すと, 「再予約にはさらなる支払い(extra money)が必要」 と言われた. さらに,名古屋ではなく,直接福岡へ向かう飛行機に変えた場合(予定では名古屋に到着後,C航空(日本の航空会社)で名古屋から福岡に飛ぶ予定だった), 「再予約の値段+新しい料金」 を払わなくてはいけないと言われた(ような気がした)(⇒後日談を参照).
ところで今回の旅行は,自分でチケットを手配したのではなく,ワークショップを主催した団体に依頼された旅行会社がすべて手配してくれていた.そして,出発前に,チケットと一緒に送られてきた書類には,確かに,チケットは「変更不能」となっていた.
しかし,でも,ちょっとまってくれ! 「遅れたのはA航空のせいなのに,なぜ僕がお金を払わないといけないの?」 とゴネてみた.もしかしたら料金を支払わないですむかと思ったのだ. すると彼女は,ボスに聞いてくるといってカウンターを立った.この時点では,僕はまだ事態を楽観していた.何とかなりそうな予感がしていた. しばらくすると,彼女が戻ってきてこう言った. 「チケットは変更不能unchangeableだが,本部に連絡を入れて,支払しなくて済むか返事を待っている.しばらく待って,この電話番号にホテルから電話しろ.答えを録音しておくから」 そう言われて,電話番号を書いた紙を渡された. (え,ホテルで待ってなきゃいけない程,時間がかかるってこと?) 「ホテル紹介のインフォメーションセンターはどこ?」 と聞いたら, 「そこだけど」 と,彼女の隣の,誰もいない席を指した. 誰もいないから,彼女がホテルを調べてくれた. 「ハイヤットは?」 と聞かれたので, 「高いのでは?」 と文句を言ったら,電話帳と電話を渡されて, 「自分で探して電話して」 と言われ,彼女の方は,自分の席に戻って別の客の対応を始めた. (え,ちょ・・・,冷たくね?) 電話帳には,ホテルの名前と,そのホテルの全景の小さな写真と,電話番号だけが羅列されている.土地勘がないし,料金の目安も分からないから,どうしたらいいかさっぱり分からない. (本当にホテルで待つ必要があるのか? もしかしたら旅行会社が代替策を用意してくれるのでは?) そう思った僕は,受話器を置いて,チケットセンターの外に出た.
しかし,どうやったら国際電話がかけられるのか? 僕は空港の入口に立っている警官(あるいはガードマン)に聞いてみた. 彼らは本当に親切だった.ありがとう. 彼らに言われた通り,傍にあった自動販売機でテレフォンカードを買って,これまた傍にあった公衆電話から電話をかけようとしたが,かからない. 「かからない」 と警官に言うと,テレフォンカードの裏を指して説明してくれた (国際番号の場合,まず00を入れて,国番号,電話番号を入れること) そろそろ気が動転し始めていた僕は,そんなことを確かめる余裕すら,失っていたのだ. カードの説明通りに,手順を踏み,旅行会社に電話をかける. が,失敗した. どうやら,一定時間内にすべての電話番号を打ち込まないと,かからないらしい. (まるでゲームのパスワード入力みたいだ) 素早く打ち込むと, 「ルルルルル・ルルルルル」 (I got it! やった!かかった!) すると間もなく,受話器の向こうから懐かしき日本語が流れてきた. ・・・ただし録音の・・・ 「…はい,***旅行会社です.弊社の営業時間は…」 (しまった,今日は土曜日か!) 旅行前にもらった,会社の名刺を探す. そこには緊急連絡用の携帯電話の番号が書いてあった. 4つあるうち,1番目は留守電だったので,2番目にかけると,たのもしき生の日本語が答えてきた. 僕は彼に事情を説明した. 「そういう場合にはどうしようもないので,素直に買って下さい」
EEEEEEEEEE(え)―!(グラップラー刃牙風に)
冷静に考えれば,日本で,しかも会社にいない状態で,フィリピンの僕のために何かすることは,彼には難しかったのだろう. でも僕は,ものすごく動転してしまった. 僕は独りで,この困難に立ち向かわなくてはいけないということが,ハッキリとわかったからだ.
もう一度チケットセンターに並びなおす. 僕の前には,100人以上がすでに順番待ち状態だった. 待合所の席に座る. 待っているうちに,やや冷静さを取り戻した僕の思考が,少し回転し始めた. Rebooking(再予約)ってことは,最初からチケットを買うことなのか? それとも,同じ便を再予約した場合は,少し値段が安くなるのだろうか? 「別の便を予約すると,エクストラマネーを払わなきゃいけない」 と言った(ような気がする)さっきの彼女の言葉から推量すると,後者なのかもしれない.でも,エクストラマネーって,ただ単に,マニラ―名古屋間より,マニラ―福岡間の方が余計お金がかかるよ,って意味だったのかもしれない.だったら,べつにB航空にこだわらず,別のターミナルにある日本の航空会社のカウンターで,チケットを買いなおしてもいいのでは? 向こうなら日本語が分かる人がいるかもしれないし. ・・・いや待てよ,B航空でこのまま待っていれば, 「支払しなくても済む」 という判断が下ったかどうだか確かめられるではないか. 本当は「再予約」の意味をよくわかった上で旅行をすべきだし,初めての海外に出かけた時はそのことを学んでいたのかもしれない. しかし,20回近い渡航で一度もトラブルがなかったため(インドに行った時はエンジントラブルでタイに泊まったことがあるけど,それは航空会社が,ホテル予約から送り迎えまで,すべて対応してくれた),僕の頭には,こういった件に関する知識は何もなかったし,渡航の経験が浅かった時代には,かならず携帯していた「旅のガイド」の類は,ここ最近はまったく持ち歩かなくなっていたので,こんな時にどう動くべきか,ヒントになるものは何一つ持っていなかった.僕のカバンにギッシリ詰まっているのは,着替えと,お土産にもらったマヨン火山の写真がプリントされた皿と,ソコミジンコ類の分厚い専門書だけだった. しかも僕の携帯は,海外では使えない.旅行に詳しい知人に知恵を借りるために電話する事ができない.公衆電話はあるが,それはチケットセンターの外.のこのこ出かけている間に,自分の番が回ってきたら,もう一回並びなおしになってしまう.
そうこう思考しているうちに, 「実際にチケットを買うとしたら,一体いくらになるのだろう」 という問題に気がついた. 実は今回の旅行は,主催団体がすべて旅費を支払ってくれていて,どのくらいコストがかかっているのか,あまり気にしてなかったのだ. 領収書を見ると, 「福岡→マニラ,マニラ→名古屋,名古屋→福岡」 全体で14万円だった(マニラ⇒イロイロ,イロイロ⇒マニラの二つの国内便の領収書は別になっていた).マニラ→名古屋間だけならもっと安いはずだ. しかしこれらはすべて,変更が効かない安いチケットなはず.正規料金だったら,いくらになるのだろう? そしてそれが,クレジットカードの限度額を超えていたら… 僕はゾッとした. 払えなかったら,帰れないのだ. もちろん,旅発つ前にカード会社に連絡して,月20万円の限度額を,旅行期間中は上げてもらってはいた. ただし,10万円だけ. あまり上げておくと,盗まれた時の被害額が怖かったからだ. つまり支払限度額は30万円. でも,今は限界まで使えるわけではなかった.日本を発つ前の福岡のカプセルホテル(3000円)は無視できるとして,イロイロ滞在中のホテル代4日分をすでに払っていたからだ. (滞在費5000円として,2万円くらいか?〔あとで領収書を見たら8444ペソ=2万2千円弱〕でも,今月はそれ以外にも買い物してかもしれない.とりあえず20万までは大丈夫か?) でも正規の運賃がそれを超えたらどうするか? 今日はチケットが買えないのか? 僕はちらっと,壁にかかった時計を見た. いつのまにか針は4時30分過ぎを指していた. (カード会社に連絡取ろうか? まだ5時前だし.…って駄目だ! 時差だ! 日本はもう5時過ぎている.それに今日は土曜日だ!! 最悪,営業日(月曜)まで,マニラに滞在しないといけないのかも.・・・いずれにせよ) 僕はごそごそと財布を取り出し,ソレを取り出して存在を確認した. (これは絶対,なくしちゃだめだ) この小さなクレジットカードが,僕の生命線なのだ,と僕は感じた.現金も多少持っているが,とてもそれではチケットは買えない. 誰も僕という存在に,なじみもなければ愛着もない,この場所では,ただ,「支払限度額」だけが,僕という存在を測る物差しなのだ. それが,チケットの額に届かなかったら… まさかとは思うが,こんな不安な気持は,早くどうにかなってほしい.でも,僕の前にはまだ50人以上が順番を待っている状態だった. (ああ,何でオレ,こんな仕事引き受けちゃったんだろう) 引き受けなければ,今ごろ僕は,妻子と共に,ものすごく楽しい,ということはないけれど,ほのぼのとしたいつもと同じ土曜の夕べを過ごしていたに違いないのに…
・・・僕の順番がようやく回って来たのは,午後7時になってからだった.先ほどとは別の窓口に座ることになったし,例の彼女は,さっきの窓口からすでに姿が消えていた. 念のため, 「3時に無償で再予約ができないか調べてくれと依頼をしたが,その件を確認してほしい」 と頼んだところ, 「やっぱり無理」 と言われたので,おとなしくチケットを買うことにした. 「福岡行きに変えられないか」 と言ったら,「エクストラマニーがかかる」と言われたので 名古屋で再予約した. (こんなことなら,最初から素直に買っておけばよかった). どのくらい請求されるのかとヒヤヒヤしていたが. 税込みで365ドルだった. よかった! これなら払える. 僕は取りあえず,ちょっとだけ安心できた. (でもこれって,普通に買うよりちょっと安いの? それとも全額? 路線を変更したら再予約の銭と,路線変更両方払わないといけないみたいなことを言っていたような気がするけど,聞き違い?)(⇒後日談を参照) もう一度聞いてみたけど,その辺のところがよく分からなかった.チケット再予約のために,6時間が経過しており,消耗していた僕はすでに,英語を聞くのも話すのも疲れ始めていたのだ.
チケットを買って,センターを出る.新たなる試練が僕に立ちはだかる. 今日泊まるホテルの予約だ. すでに時刻は,8時過ぎだった まさかマニラに泊まることになろうとは思ってなかったので,この街に対する情報はいっさい収集していなかった. 事前にウェブでチェックしたところ,http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info2.asp?num=2007T081&filename=2007T081_1.gif フィリピンのほとんどの場所が,「十分気をつけて」に分類されていたはずだ. |
知らない場所を夜中うろつくほど危険な事はない.
僕は地階に降りるエレベーターに乗り込んだ.